プロフィール

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ご訪問下さりありがとうございます。ゆーりゃと申します。

この記事は3分で読めます。

都内のIT企業にて海外事業に従事しているプリセールスエンジニアです。小学生の3人の娘がいて、ワーキングマザーです。

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はじめに

このブログの目的

キャリアも家族も両方手に入れたい女性を応援したく、このブログを立ち上げました。職場でも地域でも周囲をみてなかなかロールモデルって見つけづらいかもしれません。私自身がずっとそんな思いをしてきました。内閣府の平成30年調査を見ても、第一子出産後にいまだに45-50%の女性が退職してしまう世の中です。共働きは死語になりつつあるけど、また専業主婦つきの男性も健在です。

職場を見渡すと

私はIT企業に勤めて総合職エンジニアとして勤務していますが、女性で技術職は周りはやはり少数派。感覚的に1割ほど。周りを見ても女性は結婚していても子供なし、バリバリの独身も多いです。

自分軸を定める

そんな環境で7年を超えワーママをやってきた私が培った自分軸の取り方、自分の保ち方、心のあり方についても綴り、子供をとるかキャリアをとるか、という苦しい2択をしなくて良い方向へ読者さんを導ければと考えています。

20代の頃の私を振り返って

20代の頃の私は、30歳までに結婚して、35歳までに子供を持ちたい。しかも3人。仕事は続けたい。仕事をしていない自分なんて考えられませんでした。かといって、仕事に邁進しすぎて婚期を逃すのは嫌でした。子供を持ちたかったから。

そして結果、人生山あり谷ありしつつ、その時々を切り取って見るといつも一生懸命、泣き笑い、空回りすることも多くありましたが、一歩引いて眺めると、人生が思い描いた通りになっていました。結婚期間も10年を越えて子供も持つと、色々ありますよ。でも、それも全て自分の糧になる人生勉強です。

恋愛も、結婚も、家族を持つことも、キャリアも、趣味も、勉強も、欲しいものをに対して正直に、貪欲に日々を生きる女性を応援したいです。

今後書いていく予定の内容

今後、自分の体験での失敗・成功事例をもとに、以下のような内容を書いていこうと思っています。これらを実践する方々が、回り道せず、より最短最適な実践ができるように。

  • 語学
  • 時短勉強法
  • IT関連情報
  • 海外移住
  • 国際恋愛・結婚
  • 出産
  • 子育て、子供の教育
  • キャリアと家事育児の両立
  • 時短美容
  • ボディメイク
  • 時間管理

今わたしがやっていること

ゆーりゃ
ゆーりゃ

アメリカ移住の準備中です

2020年夏頃を目処に、つまり私が新卒から勤続している今の勤務先を退職して、家族5人でアメリカ移住する準備をしています。

夫とアメリカへの帰国移住

夫はアメリカはサンフランシスコ出身の日系2世です。2018年、夫が帰国移住を考え始め、12月に配偶者に基づくアメリカ移住ビザ(IR-1)の申請を始めました。

アメリカ移住を夫婦で決めた理由は子供達をアメリカで育ててみたいからです。子供達にとっても私たちにとっても、世界が広がる良い経験となるからです。

アメリカの医療制度が公共福祉になっていない事、銃社会であるということから、アメリカに住むことに当初はとてもネガテイブでした。散々悩んだ結果、以下の2つの条件をクリアしたら、移住すると私は決心しました。

  • 私の移民ビザが下りる
  • 夫の仕事が見つかる

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それより以前の生い立ち

社会人時代〜現在

今の勤務先に2002年4月に技術職として入社しました。帰国子女でもない、会社に入るまで海外渡航経験なしでありながら、配属面接を経て、海外事業部へ配属されたのです

業務は当時も今も、海外の事業者向けにソリューションを作って売る事です。コーディングをしてお客様への納入物を開発するといういわゆる開発も出向先の関連会社で若手時代に経験しましたが、それ以外はIT産業構造の中で上流工程に従事しています。

その後紆余曲折を経て2009年に長女、2010年に双子の女の子を立て続けに出産、産休育休を経て、働く母親をしています。男性の同期たちがどんどん昇格していく中、役職を持たず自分のペースを守っています。三児の母と言うことで時短勤務をさせて頂いています。

大学〜大学院時代

某旧帝大の工学部・大学院の機械工学専攻へと合計6年通いました。女子は当時の消費税5%を下回る程度しか在籍しておらず、むさ苦しい環境でしたが、優秀な友人たちに囲まれ、理系という事でそれなりに勉強もしました。

大学時代の思い出といえば、体育会のバスケットボール部での活動と、恋愛を一生懸命していた、という二つの思い出が大きいです。

機械工学修士を取得して卒業しました。数は少ないながら、ここでも一生の親友ができました。お互い遠方に離れても、時々お互い仕事と子供で猛烈に忙しい中を時間を作って時々会うことがあります。何年も開けて会っても、昨日会ったかのように話せるのが学生時代からの親友です

高校時代

愛知は地元県内の進学校で学びました。首都圏と違い、愛知県は優秀な生徒が集まる公立高校が多数存在するのが親目線でも中々良い環境だったんじゃないかと思います。高校3年で理系を選択し、一生の友達も得ることができ、今も付き合いが続いています。持つべきものは友人。学生時代からの友人は一生の宝物です

小学〜中学時代

あまり外で活発に遊び回る子供ではなかったと記憶しています。マイペースでポツンとひとり、教室で本を読んだりしていた記憶があります。周りの子供たちがいつも幼く見えていた記憶もあります。

図書館で天文学の図鑑を借りて読み漁っていた記憶もあります。高学年になると、アインシュタインの相対性理論の本や、森村誠一の悪魔の飽食を読んだりしていました。

幼稚園時代

卒園文集だったか、お誕生日カードだったか、記憶にありませんが、先生の文字で将来の夢が天文学者、と書かれていました。幼い頃から自然科学が好きだったようです。

 

おわりに

ここで私が綴ったことばが、どなたかに関心を持っていただけたり、何かの参考になれば幸いです。ご質問等はお問い合わせフォームからお気軽に是非どうぞ。

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